第7回 構造の把握(2)
2016.12.19 山岡 俊樹 先生
今まで構造の見方を述べてきたが、今回はシンプルな法則から構造的に見る見方を紹介する。ユング心理学で著名な河合隼雄先生の著書で紹介されてあった「ふたつよいこと さてないものよ」という法則である。ひとつよいことがあると、ひとつわるいことがあるという内容である。
例えば、学生が教師に叱られるとか、ビジネスマンが上司から叱られるなどという悪いことの裏には良いことがあるという意味である。学生やビジネスマンが叱られても、別の見方をすれば良い情報を得たということでもある。ある夫婦に大変なことが起こり対応に苦慮した場合でも、この見方をすれば、このことを契機に夫婦仲が強固になるという良い面も考えることもできるのである。
この法則は人間関係だけでなく、システム全般にも使えると思った。前回紹介したような京都市のゴミ箱のような簡単な機能の製品の場合だけではなく、より複雑化したシステムの場合でも、このような多面的見方をするとシステムを立体的に把握することができる。
通常、人はシステムによる利便性を獲得し、快適性を得るが、良いことづくめではない。例えば、自転車、バイク、自動車、バスなどの移動手段を我々は手に入れ、利便性・快適性という良い面を獲得したが、この法則に従えば、歩かなくなるので、利用者は足腰が弱くなり、特に高齢者は転倒の危険性が増すという悪い面も見える。バスに乗っていると年配の乗客が近距離のところでバスを利用しているのを目撃する。下車するとしっかりと歩いているので、歩くのが苦痛とは思えないのだが、この法則のような多面的な見方をすると歩く意義を見つけられると思う。
同様に製品レベルでも、同様なことが見え隠れする。今の学生は鉛筆を削るのに鉛筆削り器を使うが、その為、ナイフを使って削るというスキルが衰えてしまっている。私が小学4年生のころ、自宅の庭で竹をナイフで切って、何か物を作ろうとして、間違って手を切ってしまった。今でも左手に40mm程度の傷跡がある。それ以来、ナイフやカッターを使う際、注意をするようになった。この事故もこの法則から見ると悪いことだけではないことが分かる。
「ふたつよいこと さてないものよ」の法則を考えると「人―人」「人―モノ・コト」のやり取り(インタラクション)の根底にはバランスという重しがあるのに気が付く。片方に傾くだけでなく、もう一方にも傾き、その見方を我々に提示してくれる。例えば、学生が希望する企業に就職できなかったという事実は、良い面から考えれば、従来固執していた就職先から脱却して、新しい世界を見つけるチャンスをもらったと考えればいいのだろう。
この法則は「ものは考えよう」という諺と同じであるが、考えるベクトル(良いこと、悪いこと)が示されているので分かり易い。また、「さてないものよ」と言って、ふたつ良いことは絶対無いと言っていないので、数は多くはないと思うが、ふたつ良いこともあるのだ。
出典:新潮社(1992) こころの処方箋 pp.12-15 河合隼雄/著
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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