第97回 ホリステックな考え方(7)

2024.10.31 山岡 俊樹 先生

 今回は、以下の4項目を紹介する予定であったが、分量が多くなるので、(1)対象の把握と(2)イノベーションに絞り、(3)(4)は次回紹介する。
(1)対象の把握
(2)イノベーション
(3)システム思考
(4)新ビジネスの流れで実現する
前号ではホリステック・システムデザインの定義として、「ホリステックの視点から対象システムの本質を探り、イノベーションを創出し、それをシステム思考により、具現化を行う」とした。従来の開発方法はミクロの視点に立脚して行う方法が多かった。確かに、この方法が人間にとって検討項目が具体的なため親和性があり、さまざまな問題点を抽出できる。しかし、それらは改善レベルが多く、イノベーションに繋がる可能性は低い。改善レベルでもその製品や社会のマクロ的視点から検討すれば、イノベーションに化けるかもしれない。

 (1)対象の把握
 全体と部分、時系列の観点から、対象を把握する。それがイノベーションに繋がることもある。
1. 全体と部分の視点
 システム全体とその部分からシステムの特性を知ることができ、その本質を把握することができる。
全体と部分の関係からイノベーションに繋がった例を紹介する。商店街をマクロ(全体)の視点から考えてみよう。商店街にはいろいろな機能があるのに気が付く。そこで商店街のお店を改造して宿泊だけのホテルにするというアイディアが生まれる。食事、休憩や風呂は商店街の中の食堂、カフェやお風呂屋(なければ近くにある風呂屋で)に割り当てて商店街をホテル機能にする。通常、このお店はつぶれてしまった、どうしようかと考える近視眼的思考、ミクロ的な対応だと限界がある。商店街をマクロ的の視点からホテルをアナロジー(類比)としてとらえたので、このようなアイディアが生まれたのであろう。

2. 時系列の視点
 これは数年単位の期間で製品やシステムがその成立条件により絞り込まれて最終解となる考え方である。この思考は民具や農具などの形態が絞り込まれた方法に類似している。より正確にいえば、企業の理念(方針)とその製品に係る制約条件により最終解が求まると理解できる。
 例えば、時代とともに変遷したカシオのG-SHOCKやカルピスなどがある。江戸時代から続く京都の老舗の和菓子などもそうである。現代人の嗜好は変わってきているので、和菓子もそれに合わせて絞り込みマッチさせている。

 (2)イノベーションの把握
 イノベーションを生む主な方法は、1. 目的の把握、2. 2項対立、3. 意味性と新機能の視点である。
1. 目的の把握
 前章の対象の把握から目的が明確になり、その結果として本質を把握することが可能となる。対象の時系列の流れから目的を推定することもできる。さらに、世の中の流れや社会の状況からも目的を探し出すこともできる。
①目的の把握には、5W1H1F1Eの観点から検討すると良い[山岡俊樹, サービスデザインでビジネスを作る, pp.75-76, 技報堂出版, 2022]。これは、5W1HにF (function: 機能)、E (Expectation: 期待) を追加した項目である。この期待が目的に繋がる(図1)。あいまいな目的を決めてから5W1H1Fの観点から目的を絞り込んでいくか、あるいは逆に5W1H1Fを検討して目的を決めても良い。
②時空間の情報に着目して、目的を抽出する
・過去から現在までの潮流(ベクトル)から目的を絞り込み、イノベーションを推定する
・構造的に見て、現象を起こしているマグマを探す。このマグマから目的を絞り込み、イノベーションを推定する
 例えば、健康という視点(潮流)から考察すると糖質の少ない飲料は、今後主流になるのではと考えられる。ノンアルコールのビールの販売もこのベクトルに近い流れとして考えることができるだろう。

2. 2項対立から検討する
 江戸時代中期に活躍した富永仲基(なかもと)(1715-1746)は、当時海外の情報がない中で、2項対立の視点から大乗仏教の経典は釈迦が述べたことではなく、後世の人々が作ったものだと主張した[山片蟠桃, 水田紀久, 有坂隆道, 日本思想体系, 富永仲基, P671, 岩波書店, 1976]。このように2項対立から本質を探ることができる。
身近な例では"近距離のバス利用"VS"徒歩"、"エスカレータの利用"VS"階段の利用"、"有料施設でのトレーニング"VS"自宅でのトレーニング"あるいは"腹一杯食べる"VS"腹七分目で食べる"の2項対立がある。これらから自己制御というキーワードが思いつく。この自己制御という観点からさまざまなイノベーション、ビジネスチャンスが生まれそうである。

3. 「意味性」と「新機能」の視点
「意味性」と「新機能」からイノベーションを推定することができる。
①意味性
 モノそのものは、ある性能を示す存在であるが、それに人間の解釈が加わりコトとなり、意味性が発生する。あるいはその逆も可能である。
 例えば、コーヒーカップが花瓶の役割をすることもある。コーヒーカップの役割は、その中にコーヒーなどの液体を保持することである。しかし、その意味性を変え、カップの中に土と花を入れ花瓶としての意味に変換して、その意外性を楽しむことができる。
②新機能
 モノの意味性から新しい機能が生まれる。新しい機能を持ったモノは、さらに新しい意味性を持ち、スパイラル状にさらなる新機能と繋がっていく。
 例えば、蚊取り線香を考えてみよう(図2)。
モノ: 蚊取り線香は、除虫菊の有効成分をベースに渦巻き状にした線香である。
意味性: この蚊取り線香は効果があり、人々の生活を良くしたという意味性が発生した。
しかし、火を使う、においがきついなどの現象を解決するため、無臭、火の不使用(安全性)という新しい意味性が生まれた。
新機能: この意味性からマットや液体式タイプが誕生した。さらに、より手軽に使うという意味性の視点から。新機能のスプレー式タイプが生まれた。
 また、意味性が単独でイノベーションに繋がる例もある。例えば、自転車のシェアサイクルのシステムは、自転車の社会での活用という意味性により生み出されたイノベーションである。


図1 5W1H1Fから目的を絞り込む


図2 意味性から新機能の展開

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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