第51回 温かいデザイン(27)

2020.12.24 山岡 俊樹 先生

 オーディオ機器のカタログを見ていた時、オーディオ機器がテーブルに置かれているシーンと何もないその製品のみのシーンの差に気が付いた。前者の方が豊かに見えるのだ。製品の魅力とその製品が通常置かれる背景の雰囲気が加算されて、強いメッセージとなり、ユーザに対し強い訴求力となっていたのであろう。そこで、学生17名に製品+背景と製品のみで写真を提示して、心理的距離の遠近をアンケートしてみた。製品はオーディオ機器3種類、万年筆とサイホン式コーヒーメーカーであった。

 結果は予想通りで、背景のある方の心理的距離が短くなっていた。特にサイホンコーヒーメーカーの場合、背景のある写真は一番心理的距離が短く、しかも製品単体との差も一番大きかった(図1)。飲む、食べるといった人間の基本行動に関わるので、その影響があるのだろう。確かにコーヒーメーカー単体よりも、本体にコーヒーが注がれ、その近くにコーヒーカップ、ミルクと砂糖が置かれているので、コーヒーを飲みたくなる雰囲気が演出されている。そのため共感を得て、心理的距離が短くなっているのだろう。サイホン式コーヒーメーカー単体は、その製品の細部を確認するには良いが、味が無いというか無味乾燥の印象を与える。単体だとガラスと金属を組み合わせた機械的な感じがするため、単体としても一番心理的距離は遠かった。勿論、世の中には製品単体で魅力のある製品もあるが、そう多くはない。

 建築の完成写真は白黒が多く、研ぎ澄まされた表現でクールな感じがするが、生の人間の温かみはない。無機質な表現により心理的距離を遠くして、憧れや遠い存在にしたいのだろう。完成した時が最高のデザインで、時間により使い古された状況が最悪と考えているのかもしれない。しかし、時間軸で見るのも悪くはない。使い込んでいくデザインの良さもある。我が国では中古住宅の価値は下がっていくが、欧米では使い込んで、改良していくので、逆に高くなるという。使い込んだ住宅の写真を見ると、そこに生活者の姿を思い浮かべ、共感し、ある種の懐かしさを感じる。

 ゼミ生がスマートフォン、掛け時計、テレビなどモノ10種類とパン屋、映画館、駅のホーム、銭湯、劇場などの空間9種類の白黒とカラーの写真を20代女性25名に心理的距離のアンケートを取った。カラー写真と比べて、ほぼ白黒写真の心理的距離の方が遠かった。若干、逆の関係になっていたのは、元々モノクロ調となっていた傘とスピーカーであった。白黒写真の心理的距離が遠いというのは、その情報量の少なさの為であろう。色彩情報を無くし、形状のみの情報になるためである。しかし、情報量が少ないのは、逆に想像力をかきたてる。

 そもそもモノや建築物は空間の中に存在するので、背景が無しで見ることはない。ゲシュタルト心理学でいう図と地の関係から、背景があるが故にモノや建築物が見えるので、置かれる環境がそのモノや建築物の存在感に影響を与える(図2)。

 バイオリン単体で演奏する無伴奏バイオリンソナタを製品単体とすると背景を入れた製品の場合はバイオリン協奏曲と例えることができる。バイオリン単体の音は純粋で、細部まで聞き取れ、純粋なバイオリンの良さが理解できる。一方、バイオリン協奏曲の方は表現力が大幅に高まり、バイオリン単体とオーケストラとの相乗効果で魅力が倍増する。ある意味では前者が抽象の世界、後者が具象の世界ともいえる。

 この関係は製品を使用する際にも言えるだろう。住空間に製品を単に置くだけでなく、製品の近くやその上に何らかの小物を置くと豊かな感じとなる。あるいは置かれる周囲をカーテンなどで演出する。そう考えると製品をより心理的距離を短くするデザインだけでなく、製品マニュアルなどで次のアドバイスを伝えるのも良い。小物などをその製品の近くに置く、あるいはその周囲を演出すると製品が生き生きするという情報である。


図1 サイホン式コーヒーメーカーの写真

 http://www.twinbird.jp/products/cmd853.html(外部リンク)


図2 東寺の五重塔

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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