第109回 ホリステックな考え方(19) ホリステックな視点での思考法・発想法

2025.10.29 山岡 俊樹 先生

 ホリステックな視点に基づいた思考法と発想法はそれほど多くはない。この視点から多少ずれるがさまざまな思考法と発想法を紹介する。

1.クリエイターの思考
 以前読んだ「考えないヒント」(小山薫堂, 幻冬舎新書, 2013)と「佐藤可士和のクリエイティブシンキング」(佐藤可士和, 日経ビジネス文庫, 2016)を紹介したい。両著者とも日本を代表するクリエイターである。両者とも既存の思考や発想の手法を使っているわけではなく、自分の頭で考えている。勿論、経営やマーケットの分析にはさまざまな手法を知らないと分析できないし、思考、発想もできない。両者の場合、開発の最初の時点で今後どういうあるべきモノ・コトかを考えるときにその威力を発揮している。製品の改良程度の場合では、現にあるさまざまな手法を活用すればよいだろう。

 この両者は検討対象の本質を徹底的に考えているのが特徴だ。その商品・システムは本来どうあるべきかをホリステック(マクロ)の観点から思考している。小山薫堂はその著書で新しい仕事を始める以下の三つの条件を述べている。
『一つは、「それは誰かがやっていないか。すでにもう他の人が同じことをやっているのではないか」ということ。
二つめが、「それは誰を幸せにするか」。
三つめは、「それが自分にとって面白いか」。』(101ページより)
 一つ目はその仕事のオリジナリティ、二つ目がその仕事の本質、三つめが自分のモチベーションである。自分のモチベーションの上に仕事のオリジナリティと本質を追究する姿勢を読み取ることができる。
 一方の佐藤可士和はデザイナーの視点から「コンテンツだけでなく、"状況"をデザインすることが求められているのではないでしょうか。」「状況をデザインするということは、その周囲の存在する、ヒト、モノ、コトなどあらゆる事業との関係性を構築していくことにつながります。」(94ページより)また「"何か"を追究し続けて極めると、どこかである一線を突き抜けることができ、今まで見えなかった本質の世界が見えてくるのだと思います。」(94ページより)関係性を把握することはホリステックな見方を意味し、徹底的に考え抜くと本質が得られるのだろう。

 製品、システムのみならず、組織、企業の本質を考える場合、身近なミクロの視点よりもマクロの視点から考えた方が容易である(図1)。つまり、それらの解決策がマクロの領域の中に見つけることが可能だからである。一方、ミクロから考える場合、別の領域に視点を移さなければならないので、多様な体験と深い知識がないとなかなか本質的な解決策を見出すのが難しい。しかも、ほとんどの人はミクロからの視点に慣れているので、本質をとらえるのは難しい。
 例えば、従来にない新スタイルのホテルについて考えてみよう(図1)。マクロの視点からホテルの本質というフィルターで考えると、新スタイルのホテルが抽出できる可能性が高い。一方、ミクロの視点では狭い視野でしか考えないので、現状のホテル(例えばビジネスホテル)では競争が激しく、安易な対策としてブティックホテルやカプセルホテルに変更しようなどと言いだしかねない。

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 この全世界の領域は無限大を意味するので、本質のフィルターを通して絞り込んでいるに過ぎない。これは筆者の提唱する「絞り込み思考」に他ならない(図2)。

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 絞り込み思考は無限大の情報の中から目的、構造化コンセプトを使って絞り込み最終解を得る方法である。従来の思考、発想法と真逆なやり方である。この絞り込み思考の分かりやすい説明は、あるサイトで行っていたので参考にしてほしい(サムの本解説CH, https://www.youtube.com/watch?v=Y4m6uXxhR0s)[1]。

2.デザイン思考
 デザイン思考は米国のデザイン会社IDEOが広めた方法である。デザイン思考が広まる前にも、我が国では命名はされていなかったが、同じような手法が使われていた。思い出すと、調査→分析→デザイン→モデルで検証→評価といったプロセスであった。このプロセスの源流は、クリストファー・ジョーンズ(Christopher Jones)のいう「分析(analysis)-総合(synthesis)-評価(evaluation)」[2]であろう。
 デザイン思考は発散を行い収斂(しゅうれん)させるのが基本である。アイディアや事前調査による知見を多く出し(発散)、対象製品の予想されるさまざまな制約条件やモックアップ(模型)を作り体験して修正するなどして絞り込んでいき(収斂)、最終案を求める方法である。アイディアを絞り込むとき、どの程度まで思考するかがポイントで、優秀なデザイナーやエンジニアならばその製品の本質を考えるだろうが、現実として改良程度のアイディアで終わる可能性が高い。本質にかかわるアイディアの場合、関係者や開発責任者まで説得し合意を得なければならないので、そのハードルは高い。しかし、クリエイティブな企業ならば、積極性があるのでその壁は低いであろう。
 今まで日本経済の停滞は生産性が低いためといわれてきたが、どうもそうではなくイノベーション(技術改革)の欠如といわれている[3]。イノベーションが起きないのは開発関係者のマインドの低下もあるが、それは保守的な経営者の意向に反応しているのかもしれない。
 イギリスのDesign Councilが作成したダブルダイヤモンド(Double Diamond)(図3)はデザイン思考を発展させたもので注目を浴びている方法である。これはアイディアの発散と収斂を繰り返す方法で、最初の段階で、「発見」「定義」を行い、次のステップでさらに「展開」「実現」させるプロセスである。これによりアイディアが洗練されていく。

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 このようにデザイン思考は論理的に進めるよりは、一種の発想法に近い。大まかなプロセスが示されているので扱いやすいが、そのためさまざまなタイプのデザイン思考が出現し混乱している。また別の見方をすれば、デザイン思考を推進するには、発想力があり多くの体験と知識が必要であることが分かる。つまり、属人性が高い手法といる。モノづくりに係ったことのない人にも使えるようにするには、詳細なプロセスが必要である。いってみれば、鶴亀算と方程式の違いである。デザイン思考は鶴亀算で、制約があまりないので体験と知識を有する人にとって使いやすい方法である。一方の方程式は筆者の提案している絞り込み思考やシステム思考である。方程式はやり方を覚えなければならず、しかも論理的なので苦手とする人は多い。表1にその相違を示す。

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 それぞれの思考法は特徴があり、絶対これが優れているというのはない。状況に応じて使い分ければよいだろう。

 デザイン思考は日常生活とかかわりの深い製品(例えば、什器や家電製品など)で斬新なアイディアが求められる場合に効果を上げる属人的な手法である。属人的の意味は体験と知識のある人ということになるが、誰でも時間をかければ獲得できる能力である。
 一方の絞り込み思考などのシステム系の思考は、複雑で一見難しそうに見えるシステムに対して、所定のプロセスを踏めばいいのでそれほど難しくはない。
 両手法とも慣れという時間だけが必要なので、検討したらどうであろうか。いずれにせよ先に述べたクリエイターが指摘する「本質は何か」という視点は常に持っておく必要がある。

参考文献
1. 【12分で解説】「制約」を使って最短で答えを出す 絞り込み思考, https://www.youtube.com/watch?v=Y4m6uXxhR0s
2. J. Christopher Jones, 池辺陽(訳), デザインの手法, p.64, 丸善, 1973
3. 吉川洋, 日本経済の停滞, 読売新聞(2025年9月1日朝刊の地球を読むより)

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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