第108回 ホリステックな考え方(18) ホリステックな視点での思考法・発想法

2025.10.1 山岡 俊樹 先生

1.全体的・構造的に見る
 ホリステックな視点から既存の思考法と発想法について検討してみたい。その観点から考えると我々の生活でミクロの視点でのみ考えている人がいかに多いのか感じざるを得ない。

 以前、私が書類に記載ミスをしたとき、担当の事務官から注意されたが、それはその事務官がチェックをするという本来行うべき作業を行わなかったためでもある。そのことを指摘するとこの事務官はあわてて困惑していた。マクロ的に考えれば、つまり構造的にとらえることができれば、何をすべきか分かるのでモノゴトはスムーズにいく。

 ISO(International Organization for Standardization、国際標準化機構)、TC159(人間工学)、SC4(監視制御室)の専門員をしていたとき、ロンドンでの定例会議の後、市内にある電力中央給電制御所を見学した。そこでオペレータのモチベーションを維持するため、全部自動化せず、一部を人間の仕事に残したと説明を聞き驚いた。完全自動化してしまうと外部刺激が弱くなり、オペレータのモチベーションが低下し、場合によっては作業中寝てしまうことも想像される。その当時(1990年ごろ)、我が国ではHMI(Human Machine Interface)の構築では「効率」が最優先でそこまで配慮がなかったと思う。マクロ的に考えれば、HMIにおいてシステムの運用も含まれるので、その観点から人間の特性を考慮しなければならない。


2.全体と部分の関係
 ホリステック、マクロ的に考えれば、全体を見通すことができるため、構造を理解することができ、目的、本質の把握が可能となる。一方、ミクロ的では、ある現象がクローズアップされると、それに焦点が向かうので一方的な判断となりやすい。監視制御室の例はそれを示している。さまざまな本を読むとマクロ面しか書かれておらず、どうしたらよいのか具体的に書かれていない。一方ミクロ的な面しか書かれていない場合は、全体との関係が不明確なので、その本質が分からない場合が多い。

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図1 各思考方法の関係

 思考プロセスは以下の流れが考えられる。

① マクロ(全体)→ ミクロ(部分)
 全体を把握した後、部分を特定していく方法である。部分は全体の一部なので全体を押さえれば、部分の要件は絞り込まれていく。全体を押さえるのが目的である。目的は明確になれば、その対象である全体も明確になる。例えば、梅おにぎりを作るのを考えたとき、その構成要素(部分)は梅 + 海苔巻き + ご飯などが定まる。

② ミクロ(部分)→ マクロ(全体)→ ミクロ(部分)
 ①のマクロを把握するのが困難な場合、ミクロを媒介・手がかりにしてマクロを把握し、ミクロに落とし込む方法である。多様なユーザの使う公共施設などでは、マクロの視点がないと健常者をターゲットとした表示板をデザインしてしまう。例えば、ある公共施設で案内表示板がグレー地に黄色文字であった。ミクロ的にはきれいな配色であるが、マクロ的に一歩引きさがって考えてみると地(グレー)と図(黄色)のコントラストは弱く見にくい。視覚障碍者や高齢者のことを考えれば問題がある。マクロの公共施設という社会状況・制約を考えれば、コントラストを再検討する必要がある。
 このプロセスを別の表現で考えるとミクロ→マクロ(発散)→ミクロ(収斂)と表現できる。この発散→収斂のプロセスをうまく生かしたのがデザイン思考である。


3.それぞれの思考法
 図1はそれぞれの思考法の関係を示している。思考の基本である「演繹法」「帰納法」「アブダクション」が中央に配置され、その周囲に「システム構築」「問題解決」「アイディア構築」がレイアウトされている。それぞれの思考法の本質を考えると、以下のグループに分けることができる。

システム構築 : システム思考、絞り込み思考、VE (Value Engineering、価値工学)
問題解決 : 論理思考、水平思考、クリティカル思考
アイディア構築 : デザイン思考、ブレインストーミング(brainstorming)、SCAMPER

 この図の見方として、例えばアンケートや売り上げデータにより有機的デザインは売れるというデータを帰納法で得られたとする。このデータは過去のデータであるが、将来にも使えると判断したならば、この前提条件でデザイン思考やブレインストーミングを行い展開していけば、斬新なアイディアを生むことができる。あるいは、社会や日常生活の観察からアブダクションを使って推測すると温かいデザインの存在が浮かび上がったとする。この前提条件を使って論理思考や水平思考を活用すると従来にない製品提案を行うことができる。

 図の左上にある「ルール(前提)」→「ケース(根拠)」→「結果(主張)」の関係は、以下の演繹法、帰納法、アブダクションに対応している。この3つの思考法は特に問題解決の論理思考などと関係が深い。

演繹法 :「ルール」→「ケース」→「結果」
    「ルール」: 風邪を引くとくしゃみをする →「ケース」: 風邪である →「結果」: くしゃみをする
アブダクション :「ケース」→「結果」→「ルール」
        「ケース」: 風邪である →「結果」: くしゃみをする →「ルール」: 風邪を引くとくしゃみをする
帰納法 :「結果」→「ルール」→「ケース」
    「結果」: くしゃみをする →「ルール」: 風邪を引くとくしゃみをする →「ケース」: 風邪である

 演繹法は理論からデータに落とし込むので、マクロからミクロへ絞り込み具象化している。一方の帰納法はデータから理論化させているので、ミクロからマクロへ抽象化している。


4.思考方法の比較

表1 各思考法

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(1)手続き的VS属人的
 これらの手法の特徴として、手続き的と属人的と説明されているが、その内容は以下の通りである。

手続き的 :
 ある手順に従って、思考を進める方法である。面倒であるが着実に進めることができる。例えば、方程式のような内容で、誰でも使える手法といえる。
属人的 :
 手順はそれほど厳密に決まっておらず、使う上での自由度は高いが、その使う人の能力により成果が左右される傾向がある。例えば、鶴亀算のような内容で、優秀な人はすぐソリューションを出すことができるが、そうでない人は方程式の方が楽である。

(2)目的について
 これらの方法の根底は、目的(purpose)- 総合(synthesis)- 評価(evaluation)のプロセスがあると考えている。目的が特に必要な場合は新たなシステムを作るときである。この観点から各方法を考えると以下の通りとなる。

アイディア構築
・デザイン思考
 通常、デザイン思考のプロセスには目的という概念は示されていない。多分、改良品の検討する場合が多いためか、アイディア発想のためか、目的が明確にされていないのだろう。例えば、家電製品をモデルチェンジする場合、その商品の問題点を抽出し、改良案を生み出していくので、わざわざ目的を明確にする必要はないのかもしれない。しかし、特に斬新な製品を生み出したい場合には、明確な目的・目標を明記し、開発者全員がそれを共有しなければならない。
・ブレインストーミング
 テーマを決める際に、目的を明確にしているはずである。
・SCAMPER
 ブレインストーミングと同様にテーマを決める際に、目的を明確にしているはずである。準備されている7項目を使って、強制的にアイディアを生み出す方法なので、この機能から革新的な製品やシステムの構築は難しいだろう。

問題解決
 論理思考、クリティカル思考、水平思考はある問題に対する解決案を求めるので、目的は問題解決である。従って、わざわざ目的を検討する意味はない。しかし、問題解決といっても、その改良レベルではなく、それを乗り越えた革新的な製品やシステムを訴求するならばそれなりの目的は必要となる。

システム構築
 システム思考、絞り込み思考、価値工学は何か新しいシステムや製品を開発するのが主な機能なので、目的は必ず検討しなければならない。


5.各方法の共通点
制約・絞り込みが共通のポイント
 これらの方法を概括するとアイディア構築、問題解決やシステム構築の本質は制約によって絞り込んでいるのが理解できるだろう。

  • アイディア構築では、デザイン思考でアイディアを発散→収斂させているのは、収斂時に制約により絞り込んでいる。ブレインストーミングは出たアイディアをまとめる際に絞り込んでいる。SCAMPERも7項目という制約により絞り込んでいる。
  • 問題解決の場合は問題による制約により解決案を絞り込んでいる。論理思考では、前提→根拠という制約で絞り込んでおり、クリティカル思考は批判という視点、水平思考は従来にない新たな視点で絞り込んでいる。
  • システム構築も同様で目的から制約により絞り込んでソリューションを導き出している。

 そこで考えなければならないことは、制約を使って思考することである。思考する段階でどのような制約が必要なのか考えるのが大事だ。我々は神様ではないので、条件(制約)を付けて絞り込んでいく以外ソリューションを求める方法はない。状況によりその制約をどのように変えるのかが思考法の要諦だと思う。

※先生のご所属は執筆当時のものです。

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