第110回 ホリステックな考え方(20) 全体・部分・時間の関係
2025.12.3 山岡 俊樹 先生
1.全体・部分・時間について
全体は部分を包含し、全体は時間の流れの中にある。我々は時空間の中に存在するので、全体・部分・時間の概念は我々の思考や生活に非常に大きな影響を与えている。しかし、我々が一番重要視するというか、気が付くのが一番身近な部分である。
私の愛好品はカメラとオーディオ機器で毎日愛用している。カメラは外出時に小型カメラをポケットに忍ばせ、気に入った風景や人間工学的・デザイン的に悪いところ、良いところのモノ・コトを撮影している。これは自分の感度を高めるためでもある。オーディオの方は、主にクラシック音楽はCD、ブルーグラスはYou Tubeを活用している。結果として両ツールで生活を楽しんでいる。
今述べた私の生活スタイルを全体・部分・時間のフィルターで透視すると、部分がカメラ(写真)とオーディオ(音楽)で、全体は生活(人生)、時間は永遠に流れる生活時間であろう。私の音楽やカメラ好きは急になったわけではなく、オーディオの方は中学生時代、カメラは高校生時代に手に入れ、その後、継続的にかかわってきた経緯がある。美食家ならば部分は食事となる。時間軸で考えれば、おいしい食事をした経験から美食家になったのだろう。急になったわけではない。そのための時間が必要である。何事もある分野をマスターするには時間が必要である。それだけ時間をかけているので、そのフィードバックは大きい。写真、音楽ならばその本質がわかるようになるだろうし、仕事ならばリーズナブルな対価をいただける。
生活が全体の場合、部分は睡眠、食事、仕事など多岐にわたる。勿論、仕事も良いのだが、仕事のみの場合、時間のスパンで考えると退職後何もすることがないという苦しい状況になるのではないか?数学者で思想家でもあるバートランド・ラセル(Bertrand Russel)はその著書「幸福論 (The Conquest of Happiness)」で趣味(興味)を持つことは幸福になる手段の1つと述べている[1]。また、人生を1つの全体として眺める習慣の重要性も言及している[2]。これはなかなか良い指摘で、我々は人生の一部分を重視しがちであるが、人生の全体を俯瞰しないと現在の状況を理解・把握できない。
インドの哲人クリシュナムルティ (J.Krishnamurti)は、我々が特定のものを全体から切り離すとき、その特定のものがそれ自身の問題を引き起こすという。そのため全領域に気づくというのは、特定のものを見、同時にそれと全体との関係を理解することであると述べている[3]。これはまさしく全体と部分の関係を示しており、例えば、賞味期限切れの製品をこっそり販売するようなことで、結果として全体: 社会から糾弾を受けることとなる。JALの機長が搭乗前夜に所定以上のお酒を飲み、翌日業務を拒否されたということもこの機長は全体を考慮しなかったためでもあろう。仮に両事件でうまく通り抜けても、時間軸上でいずればれる。これに味を占め何回も行うので、いつかばれるのである。何か行動する際、つねに全体を視野に入れて考えたいものである。
2.「全体・部分・時間」は制約・構造を考慮する
(1)「全体・部分・時間」は制約により影響される
すべての存在物(人間やオブジェクト)は地球上にあるのでさまざまな制約を受ける[4]。部分は全体と時間から制約を受ける。サラリーマン(部分)ならば、所属企業の取り決め、ビジネス習慣、規約や法律などの全体に係る制約を受ける。また、同僚、上司、取引先などの部分に係る制約も受ける。更に、今までの行動やこれからの方向性などの時間に係る制約も考慮しなければならない。製品(部分)ならば、消費者嗜好、社会(全体)に係るSDG、社会規範やユーザに係る制約(ユーザの特性、ユニバーサルデザイン、インクルーシブデザイン、アクセシブルデザイン、バリアフリーデザインなど)を考慮しなければならない。時間軸で考えると1960年ごろはそのような社会に係る制約があまりなく、時代の潮流であった効率という制約のみが主に前面に押し出された時代でもあった。

(2)「全体・部分・時間」は構造により影響される
構造が悪いと全体と部分の関係は悪くなり、全体・部分と時間(寿命など)の関係も悪くなる。例えば、メガネはどうだろうか。各パーツが組み合わさりメガネとなるが、構造が悪いと、顔のサイズに合わない、メガネがぶつかって曲がる、寿命が短いなどの事象が起きる。また、長年安定していた構造を変えて、全体と部分の関係が悪くなったという例もある。例えば、約20年前に書きやすくするため改善したボールペンが出た。手のひら部分(手掌)を膨らませて手にフィットするという構造だ。しかし、フィットし過ぎで自由度が低くなり逆に使いにくくなってしまった。この例では、部分を改良したのであるが、全体として悪くなってしまったようだ。私自身、人間工学上興味ある製品なので2本購入した。最初は良いのだが長時間使っていると継続的に一定の持ち方を強制されるので、ストレスがたまったという印象があった。

(3)制約と構造を考慮する
製品・システムや人間・その集団は、その制約と構造に影響を与える。制約により製品・システムの大枠が絞り込まれ、人間集団ならばそのメンバーが絞り込まれる。カメラの場合、「気軽な撮影をする」と制約がかけられれば、軽量や小型などの要求事項が絞り込まれる。また、人間の集団ならば、「カメラ好き」と制約をかければ、その同好会が生まれる。
我々の生活で情報を絞り込むことにより、オブジェクトや集団を特定することができる[4]。更に絞り込んでいくと限定したオブジェクトや集団を求めることができる。単なるカメラ好きではなく、風景写真を撮影したい人などと絞り込むことができる。
構造はオブジェクトの内部の構成機能とその組み合わせを意味し、階層構造、つまり入れ子構造になっている。簡単な構造の場合、1層のみである。

(4)制約と構造を時間軸から考える
時間軸上で考えると永遠不滅という存在物はない。地球そのものも15億年後には回転軸がぶれてどうなるのかわからない。現在あるオブジェクトは何らかの制約やその構造が変質してきていると考えた方が合理的である。
①制約から考える
人間の場合、それを取り囲む社会、世間の影響(制約)を受ける。前述したが50年前と現在では価値観が様変わりしている。家電製品は20世紀では機能的な側面が強調されていたが、21世紀に入ると生活空間との調和や人にやさしいといった価値に変わってきている。乗用車の場合はどうだろうか。20世紀ではフランス車などで個性的な車が多くあったが、21世紀になりグローバル化のためか、売れ筋の同じようなデザインの車ばかりになった。車を識別するにはエンブレムのみが頼りという有様である。更に、電気自動車になると、空気を取り入れるフロントグリル部分が不要となり、デザインの特徴を出せず更に同じようなデザイン・機能の車になってきている。
このように制約はどのように変わってきているのか確認する必要がある。制約によって対象物が明確になるので、この観点と時間軸から何をすべきか明確になるだろう。
②構造から考える(システム主義 VS 漸変主義)
構造は制約によって、時間軸上変わってきている。以前、オフィス用のコピー機は内部の配線が複雑であった。そこで効率という時代の流れにより、機能ごとにユニット化し故障した場合、そのユニットを変えるようにした。
製品、システム、組織や社会を考える際、重要な視点がある。ジョン・ケイ(John Kay)[5]によると、それらを創るには直線的やり方と回り道のやり方があるという。直線的やり方は、事前に検討を十分に行い、決めた後は目標に向かって進む方法である、一方の回り道のやり方は、試行錯誤しながら進めていく方法である。直線的やり方の方が、効率が良さそうであるが、社会、政策や巨大システムなどでは複雑で不確定要素が多く、回り道の方が優れているという。確かに、都市計画をみると建築家が合理的に考えたブラジリア、キャンベラ、チャンディガール(インド)などは人間味のない都市になっている。一方、回り道の考え方を行い、時間をかけて作り込まれたパリは魅力的な都市である。奈良県の今井町も人々の生活により作り込まれ温かい人間味のある街である。以上言及しているのはシステムであるが、根源的に考えると構造が基本ととらえても差し支えない。システムを表層ではなく、その本質である構造からとらえるのが合理的だ。
この直線的やり方はシステム主義の考え方であり、回り道の考え方は漸変主義(ぜんぺんしゅぎ、incrementalism)である。ソフトウエアの開発でいえば、直線的やり方はウオーターフォール型(Waterfall model)で、回り道的やり方はアジャイル型(Agile model)開発に近い考え方だと思う。
システム的アプローチは製品開発などで有効であるが、巨大で不確定要素の多い都市計画、経済や政治のようなシステム構築には回り道的アプローチが有効である。

いずれにせよ、それぞれの方法の特徴を把握したうえで活用すればいいだろう。
<参考文献>
1.バートランド・ラッセル, 安藤貞雄訳, ラッセル幸福論, P.241, 岩波文庫, 2008
2.バートランド・ラッセル, 安藤貞雄訳, ラッセル幸福論, PP.242-253, 岩波文庫, 2008
3.ジッドゥ・クリシュナムルティ, 自己の変容, P.81,めるくまーる, 1992
4.山岡俊樹, 絞り込み思考, あさ出版, 2025
5.ジョン・ケイ, 青木高夫訳, 想定外, ディスカバー・トゥエンティワン, 2012
※先生のご所属は執筆当時のものです。
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