第120回 「全体・部分・時間」を活用した観察方法について(8)

2026.9.28 山岡 俊樹 先生

 「全体・部分・時間」の視点から対象物やシステムを観察すると、通常気が付かないことも、この視点が手がかりとなって気が付く。

何事にも表と裏があるので全体から考える
 工業デザインや建築の分野では完成予想図を描き、関係者にプレゼンを行い了解をもらう。工業デザインの場合、エンジニア、営業、企画者などの開発関係者に対し完成予想図(レンダリング)の説明を行い、最終デザイン案を決める。完成予想図を描く際、全体を見ながら部分を丁寧に専用の紙(PMパッド)に描いていく。ある時、同僚と雑談していたら、彼はポイントを描き、あとは手抜きをして描いているという。確かに、3mあたりから見るので、デテールはほとんど見ずポイントさえ描いておけば、どういうデザインか理解できる。確かに合理的で作業時間は短縮できる。しかし、この考えを押し進めるとモノづくりに対するこだわりが弱くならないのだろうかと思った。こだわりこそが魅力あるデザイン・製品になるための制約条件である。このこだわりは本の場合も同様だ。こだわりのある本では著者の熱量が伝わってきて、あっという間に読み終わってしまう。

 また、若い優秀なデザイナーと話をした時、土日には量販店に赴きデザインをチェックしていると教えてくれた。大学の教員でも、土日に大学に来て実験・研究をしていた同僚がいた。土日は仕事をする必要は無いのだが、仕事が楽しいのだろう。仕事を自己の成長、楽しみととらえているからで、生活のための手段として考えていない。
 このように何事にも表と裏の見方がある。この裏というのは表の逆という意味である。モノ・コト・システムのある面のみを見るのではなく、視点をずらして別の面(裏)を見ると良い。
 近距離なのにバスを利用する若い人がいる。また、隣に階段があるにもかかわらず。大多数の人がエスカレータを無意識に利用している。なぜなのだろうか?目先の時間・身体の合理性に囚われているかもしれない。両件とも視点をずらして、隠れている裏の情報を探ると、歩くことにより体が鍛えられるという情報をクローズアップすることができる。
 近くの図書館で本を借りるため受付で待っていると、対応していた事務員のミスに罵声を浴びせた高齢者がいた。何か事情があったのだろうが、大人の態度ではない。この怒りの裏は寛容である。仕事といえど、対応してもらっているので寛容の精神が必要だ。

 今まで述べてきたように、ある考え方(表)があるとすると、その考え方が緩くなるにつれて、それと逆の考え方(裏)が生まれてくる(図1)。例えば、HMI(人間-機械系インタフェース、Human Machine Interface)をうまく運用するには、①組織の方針の明確化、②情報の共有化、③メンバーのモチベーションが必要と提唱してきた。この考え方は人間をアナロジーとしてみると、①組織の方針→頭、②共有化→血液、③モチベーション→身体各部と関係しているのが理解できる。この3項目に対して、①方針が明確でない、②メンバー間の情報の共有化ができていない、③各自がバラバラでモチベーションが弱い、などが裏の情報である。この運用レベルを定量的に把握したい場合は。各項目のウエイト付けを行い①から③の内容について5段階評価などを行えばいいだろう。組織は時間がたつと変化していくので。この3項目をベースに常にチェックしていくのが有効である。新聞を賑わせている組織の暴走、不祥事はほとんどこの3点に尽きる。

本質を全体から考える
 子供のころの悩みは、今考えると些細なことであるが、視野の狭い部分レベルの話であった。全体を考えると大した問題ではないことが分かる。社会人でも同様である。若い人にとって将来が不安で、ニーサ(NISA)に毎月多額を投資し、日々の生活が苦しくなっている人々がいる。ニーサ貧乏という。部分的に考えると理解はできるが、全体から考えると本当に良いのだろうか?そこで、以下のような全体から演繹的に導出した対応策を考えたらどうだろう。
①将来など誰も分からない
②時代が変わるので、今の仕事が陳腐化するかもしれない
③①とも関係するが、現在を楽しむ
 対策として将来に通用するような能力の獲得(リスキリング)にお金を使う。貯金をしても、将来その価値が下がるかもしれないが、新たに獲得した能力の価値は時代が変わっても不変である。また、今を楽しむ。問題はやる気だけである。一般的にいえば、短絡的に考えるのではなく、自分の人生を全体から考えれば、自ずと最適解が見つかるだろう。



図1  概念や考えにおける表と裏



※先生のご所属は執筆当時のものです。

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